神田THE SHOJIMARU 2DAYS

と、いうわけで7日と8日は東京・神田のライブハウス THE SHOJIMARUに出演させていただきました。

7日はお店のお客たちによる成果発表会「何か演りたくて…夏」。私はトップバッターのしろちゃんのステージになぜか黒板でスポット出演させていただきました。

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デンジャーゾーンでは計8曲

モニカ
ナイナイ16
ジュリアに傷心
うそ
昔の名前で出ています
酒場でダバダ
哀愁でいと
長崎は今日も雨だった、の代わりに心のこり

着替えるのが面倒なので黒板のかっこうのままで。酔っぱらっていてよく演奏を覚えていません。ナイナイではベースのシールドが外れました。

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その後、カラオケコーナーに突入。何を歌ったかはっきり覚えていません。アンジェリーナとコスモス街道とお座敷小唄は歌った記憶があります。

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翌8日は昭和歌謡バンド大会。

デンジャーゾーンでは計7曲

哀愁のカサブランカ
E気持ち
星影のワルツ
ハリケーン
ネバーエンディングストーリー
ブルージーンズメモリー
長崎は今日も雨だった

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我々の後に出演したシバリーズの十戒、DADADAバンドのDADADAメドレーとバスストップにベースで参加させていただきました。

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DADADAメドレーは今年のフジロックの素人飛び入りコーナーで演奏させていただいた思い出の曲です。


当日デビューのともくんとあかねちゃん、そしてゲストの森永JUDYアキラさんのパフォーマンスにしびれました。


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森永さんにはアンコールでリンゴ追分をリクエストしてしまいました。森永さんのセット。

ラブ・イズ・オーヴァー
みんな夢の中
アカシアの雨がやむとき
悲しい酒
愛の賛歌
リンゴ追分

リハーサルから幸せな時間でした。

2日ともDJあさみの絶妙な選曲の歌謡DJが付き、本当にぜいたくな日々でした。

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おかげさまでデンジャーゾーンはかぶりなしで2日間。一つのピークでした。

動画は神田のロックカフェ、イワタ楽器バーに行かないと見られません。

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2日連続公演

今度の土曜と日曜、9月7日と8日は東京・神田のライブハウス「THE SHOJIMARU」に私がベースで参加しているバンド、デンジャーゾーンが演奏させていただきます。


こちらのライブハウスで2日連続で出演させていただくのは我々が初めて。恐縮このうえないです。

9月のパンフの表紙でも私の五郎とともに紹介させていただきました。2019年の夏はフジロックフェスティバルへの出演とともに私の人生に刻まれます。

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9月7日(土)はお店のお客さんたちのバンドとともに。我々は19時50分からの出演です。21時からはお客さんも歌えるコーナーに怒涛の移行。


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9月8日(日)は「第1回昭和歌謡バンド大会」。我々は19時10分から。


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奮ってお越しください。



20回目のフジロックの素晴らしい出演者たち

というわけで私にとっての20回目のフジロック。事前は興味のある、というか知っている出演者がほとんどいませんでした.
その中で興味をそそられる数少ない出演者がモミーファンク。

初日のオレンジカフェ。最も奥の会場のトップバッターです…。仕方ないので始発の新幹線で出発。テントを設営しても余裕で間に合いました。会場には100人ほどの聴衆。


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後方のテントゾーンには後で出演する佐野史郎さんが。一緒に収まってもらえないかとお願いしたら驚いていましたが、笑顔で応じていただきました。

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今年で公開開始から50周年、フジロックで10周年を迎えるという寅さんのブース。


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初日恒例、グリーンステージのルート17ロックンロール・オーケストラ。グリム・スパンキーの「Move Over」が良かったですね。チャボはドクター・ジョンに捧げる曲など。

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最後に若大将。「Blue Suede Shoes」「Blue Moon Of Kentucky」「夜空の星」「My Way」。余裕のステージでした。


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ホワイトステージでゲイリー・クラーク・ジュニアを観ましたが、やはり個人的にはロックっぽくて今ひとつ。


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そしてこの日のオレンジカフェのトリ。シナモン。

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Rock And Roll
Black Dog
Communication Breakdown
Good Times Bad Times
How Many More Times
We're Gonna Groove
Living Loving Maid
Achilles Last Stand
Stairway To Heaven
(Encore)
Immigrant Song

歌って騒ぎました。最高です。私はふだんはレッド・ゼペリンは聴かないのですが、野外ライブは別。楽しいですから。

夜はクリスタルパレスでピーター・バラカンのDJ。彼のラジオは毎週のように聴いていますが、DJを聞くのは初めてです。

開場前に近くのバーでお酒を注文すると後ろにそのピーター氏。白ワインを頼まれました。思っていたよりも若い印象(笑)。私は「聴きに行きます」と伝えました。

選曲はブラックミュージックのオンパレード。心地よい調子の曲が続きます。途中から混み始めたので退散しました。

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翌日はバスカーストップの申し込みのために訪れたオレンジカフェで、トミー富岡のパフォーマンスとの衝撃的な出会いがありました。

その後、正式なトップバッターのアモーレ猪熊と魔法の杖。昭和歌謡を軸に古の音楽への愛情が伝わるステージ。美空ひばりの「車屋さん」、サム・クックの「Bring It On Home To Me」など。ニューオーリンズ風の「Tennesee Walts」が良かったですね。コーラスで出演されていた猪熊さんのご主人の今西太一さんが、翌日の我々のバスカーの演奏の時に会場に現れました。


おでこでピアニカを弾く猪熊さん。


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午後はフィールド・オブ・ヘブンでチャー×チャボ。チャーのバンドにチャボが入るスタイルです。ギターの技術そのものはチャーの方がうまいかもしれませんが、チャボのプレーは伝わってきますね。鳥肌が立つ瞬間が何度かありました。

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このステージのころから雨が強くなりました。結果的に翌日の明け方まで激しい雨が降り続くことに。ジョージ・ポーター・ジュニアを観たかったのですが、そんな心がくじけるほどの豪雨。私はテントに避難したまま翌朝までほぼ動けませんでした。いろいろなところで書かれていると思いますが、それほどの雨でした。初回のフジロックを思い出すほどでした。


最終日は正午からバスカーに念願の出演。出演申し込みに行ったらこの日もオレンジカフェにはトミー富岡さんが予定外の出演。

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キャンプサイトにいったん戻る途中で観たホワイトステージのバンダ・バソッティは好天とその時の私の気分も相まってご機嫌でした。クラッシュの「Revolution Rock」も。


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キャンプサイトから再びステージへ。いよいよこのまま最後まで。まずヘブンでヴードゥーゲーム。JBにアフロの要素を交えた感じ。リズムが躍動するファンク。こういう音楽で踊れるのがフジロックです。


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その後はジプシーアバロンでブルーズ・ザ・ブッチャー。うつみようこを交えたステージは昨年のすみだジャズフェスでも見ましたが、よりなじんでいるように感じました。天気のいい夕暮れどきのブルーズ。いい盛り上がりでした。


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ヘブンのトリはクアルンビン。このバンドは知らないのですが、昨年のグリーンスカイ・ブルーグラスのようにヘブンは最後にいつもいいバンドを持ってくるので。人気があるのか、開演前から大勢の観客。音楽はピンク・フロイドに東洋風の旋律を入れたような感じ。後で知りましたがタイのファンクらしいです。淡々と続く演奏に、次第に客が減り始めます(笑)


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あえて単純な盛り上げを避けているかのような演奏ですが、最後まで見ないとわからないので、私はそのままいました。後半になって少し曲調が変わりましたが、それでも爆発的な盛り上がりにはならず。ただ激しい雨に襲われた3日間の最後。森の中で夜空の見ながら聴く幻想的な空間はまだにヘブンならではでした。


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グリーンステージの最後は恒例のG&Gミラー・オーケストラ。トータス松本を交えてソウルのオンパレード。オーティス、JB、スライ、サム・クックなど。オリジナルなんてやらずにこういう構成なら何度でも見ます(笑)


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そしてついに最後。苗場食堂のトリ。午前1時からトミー富岡。私の今年のフジロックを象徴するミュージシャンです。怒涛のリクエストに応じながら、クイーン、玉置浩二、武田鉄矢など。たくさんの聴衆を集めていました。

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これまでフラワー・トラベリン・バンド、なぎら健壱、外道などフジロックで「発見」しましたが、トミー富岡やアモーレ猪熊が加わりました。

彼らと、そして私と一緒にバスカーストップに出させてもらったダダダさんの書き込みから感動が伝わってきます。


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私にとって20回目となった今年のフジロック。ステージに立てたことはもちろんですが、もう一つ、出会いという面でも記念碑なものになりました。


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フジロック再認識

7月26~28日にはフジロックフェスティバルに行ってきました。


調べたら私は20回目の参加。今年の出演者はこれまでで最も興味のない顔ぶれでしたが、結果的に1~2を争う印象的なイベントとなりました。ステージに立てたからです。

最終日の28日、素人の飛び入りを受け付けるオレンジカフェの「バスカーズストップ」の1組目で演奏させていただきました。


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私がアコースティックギターを弾き、ダダダさんの歌で。ビートルズの「Oh Darling」→矢沢永吉の「アイ・ラブ・ユー、OK」→サム・クックの「Bring It On Home To Me」→沢田研二の「おまえがパラダイス」の「ダダダメドレー」です。ダダダさんが率いるダダダバンドが東京・神田のライブハウス「THE SHOJIMARU」の昭和歌謡ナイトでよく演奏するレパートリーです。

そのダダダさんも毎年のようにフジロックに参加していますが、昨年はバスカーの企画がなく断念しました。


それぞれの曲はだいたい知っていますが、キーは不明だし、正確な構成も覚えておらず。楽譜をいただいたのが24日の夜で、実質1日しか練習できずに現地入りしました。


キャンプで金曜から現地入りしている私が当日10時開始の受け付けに申し込みます。ダダダさんが来る土曜に受け付けに行きましたが、その日はステージとなるオレンジカフェの出演者のセットチェンジの関係で枠は事実上、12時20分しかないとのこと。ダダダさんが間に合うか不安だったので見送りました。結局、ダダダさんは遅刻したうえに越後湯沢駅でシャトルバスに乗るまでに3時間(!)もかかったので、見送ってよかったです。


そうこうしているとギターを抱えた一人の男性がオレンジカフェのステージでおもむろに「プロジェクトAのテーマ」を歌い始めました。中国人かと思いましたが、歌い終わると日本語で話し始めました。爽やかな午前にお客もまだ少ない奥の会場。そんなのどかな広場にものまねや替え歌が次々と繰り出される衝撃。笑いが止まりませんでした。

トミー富岡というミュージシャンとの出会いです。翌日のところ天国や苗場食堂でも歌うとのこと。なぜ彼はバスカーの申し込みをしていないのにここで歌っているのかと不思議に思いました。後で分かりましたが、苗場食堂の最終出演者に名前がありました。れっきとした出演者です。空いた時間でここでも歌っていたのでした。

そんなことも知らなかった私は練習1回、一度も人前で演奏したことのないメドレーを彼と同じステージでやると思うと緊張が一気に高まりました。


夕方から翌朝にかけての豪雨を経た翌日。私はバスカーの受け付けに行き、一番手で申し込みました。ダダダさんも前日に現地入りしているので前日よりは少し安心です。出演は11時50分。持ち時間は10分。オレンジカフェの一組目のバンドの演奏にもあまり耳を傾けられず、ダダダさんの到着を待ちます。

ダダダさんがやってきたのはステージ入り時刻のわずか10分前の10時半。現地で唯一借りられる楽器であるアコースティックギターを使って曲の構成の打ち合わせをするとやっと落ち着いてきました。


そしてなんとSHOJIMARUの店長さんが駆け付けてくれました。いらっしゃるとは聞いていましたが、東京から苗場まで、そして広大な会場の奥にあるこのステージにまさか間に合うとは思っていませんでした。その行動力には驚くばかりです。心強い味方の登場に腹が固まりました。


ステージの光景。打ち合わせる私たち。


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SHOJIMARUの宣伝をしたうえで演奏を開始。おまえがパラダイスで一カ所間違えましたが、まあまずまずでしょうか。


知り合いがほとんどおらず、我々の撮影に成功したのは店長さんの動画のみ。ステージ正面のベンチに座っていたお客さんは15人ほど、だと思っていましたが、映像を見ると10人いるかいないかですね(笑)。Bring It On Homeで白人の女性が唯一反応してくれました。


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演奏は終了。3人でビールを飲んで軽く現地で打ち上げをしました。私は「いやーーーっ」と思わず何度も声を上げました。この30年で最大の緊張から解放されたこと、東京からこんなに離れた所でいつもの人にこうやって会っていること、そしてもちろんフジロックのステージに立ったという事実を残せたことから口をついて出たんだと思います。

知られているようにフジロックに参加するのは過酷です。特に今回は前日夕からの土砂降り明け。初回のフジロックを思い出しました。まさに感無量でした。


我々の演奏時に会場に偶然、店長さんが知るSHOJIMARUゆかりのプロのミュージシャンがいる(動画にもろに映ってる)など、今回は様々な出会いがありました。その話は改めて書くとして出演者のネームバリューではない、フジロックが真の体験型イベントになっていることを恥ずかしながら痛感しました。


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ダダダさんが「次は…」と言っていましたが、実は私にもそんな気が。人間って調子がいいですね。

森昌子還暦コンサート(ネタバレ注意)

22日は江戸川区総合文化センターの森昌子のコンサートに行ってきました。


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私が物心ついたころから歌っている偉大な歌手が今年限りで引退するというので初めて足を運びました。

こちらの会場に来るのも初めてです。2日後にはジュリーの公演。

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表に貼りだされたポスター。昼夜2回公演です。


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「爆笑!コントで綴る昭和歌謡」。そう、コンサートには歌手としてだけではなく、もう一つの魅力、コメディアンとしての彼女を楽しみに来ました。4年ほど前から始めているというコントを堪能しに。


開演時刻の18時を少し過ぎて場内に入ると、すでにコントが始まっていました。約50分にわたる2人劇。会場はほぼ満員。

歌は「好きになった人」から始まり、「勝手にしやがれ」「雨の慕情」「笑って許して」「シクラメンのかほり」「青春時代」。ものまねは十八番の美空ひばりや島倉千代子、アグネス・チャンに松田聖子も。お客さんとのやり取りやアドリブを交えた余裕の舞台です。


後半は「せんせい」「同級生」「中学三年生」の学園三部作から。その後に「おかあさん」。この曲ありましたね、すっかり忘れていました。

演歌の「哀しみ本線日本海」「立待岬」「愛傷歌」「越冬つばめ」。美空ひばりの「みだれ髪」「愛燦燦」。最後は最新作の「あなたの愛に包まれながら」。


フィナーレの様子。後光が差していて本人が見えません。


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専属バンド「森の音楽隊」による至高の演奏。コントの相手も務めた牧尚之さんの名司会とともに歌謡曲への愛情が存分に伝わる素晴らしい2時間でした。

森昌子さんの「還暦コンサート」ツアーは130本もあるそうです。こんな極上なコンサートが見られるのも今年いっぱいかと思うと、日本から貴重な音楽がなくなってしまう気になります。


会場で買ったまーちゃんロックTシャツを着て明日からフジロックに行ってきます。


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神田スワンプフェス

6日は神田のライブハウス、THE SHOJIMARUでライブ演奏をしてきました。この日は「神田スワンプフェス」と名付けられました。


私は歌謡曲のデンジャーゾーンにベースで、オリジナル曲の神田スワンプ・ユニオンにハープで参加しました。


私が作った当日のチラシ。


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デンジャーゾーンでは演奏前に全員で深呼吸。


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1.モニカ
2.ジュリアに傷心
3.うそ
4.星影のワルツ
5.ハリケーン
6.酒場でdabada
7.哀愁でいと
8.長崎は今日も雨だった
9.トランジスタラジオ

そこそこの出来だったのではないでしょうか。


途中からベースの音が小さくなってます。





神田スワンプ・ユニオンはオリジナルなので曲目を書いても分かりませんね。

私、向かって右端の出島にいたのでほとんど映ってません。




私だけはカバーで1曲、Bobby Blue BlandのTurn On Your Love Lightを歌わせてもらいました。ステージでも話しましたが、なかなかコーラスの入ったブルーズの曲がありません。たまたまこの日を挟んで3日間、忍野デッドがあり、グレイトフル・デッドがこの曲をやっていたなと思い、入れさせてもらいました。当然ながら私は今回の忍野デッドには参加できませんでしたが。残念。

お客さまも温かく、とてもいい雰囲気のライブになりましたね。個人的には名古屋のDJ、みゆっちさんが来てくれたことに感激しました。


次は9月7日、同じTHE SHOJIMARUでデンジャーゾーンのライブです。生演奏コーナーのトリを務めさせていただく予定です。今から趣向を考えるのが楽しみです。

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神田祭

5月11~12日には2年に1度の神田祭に参加してきました。なぜ今ごろ? 書くのをサボっていただけです。


鎌倉町のお神輿に参加させていただきました。こういう場でいろいろな方々に会えるのも祭りの楽しみのひとつです。

こうやって写真を見ると壮観ですね。神輿のそばにいると気づきません。


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千代田区観光協会が鎌倉町を紹介している動画。




64歳の新たなシンガーの誕生

6月11日は東京ドームシティホールの伊藤蘭のコンサートに行ってきました。

知られているように、この地でキャンディーズが解散して以来、41年ぶり、ソロでは初のライブです。


ソロアルバムを出すと聞いたとき、驚きましたが、コンサートに行くかどうかは決めかねていました。入場料が1万円もするので。

ですが、いろいろな媒体でのコンサートの前宣伝を見て、ランちゃんが自信とやる気を持っているのが分かったので入場券を買いました。


ロビーに並ぶ花。かつてのライバルの二人からも。


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プレゼント箱。


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開演前のSEではなんとメアリー・ホプキンの「悲しき天使」、フリートウッド・マックの「リアノン」がかかり、期待が高まります。


暗転し、「解散コンサートから41年」のメッセージ。白い衣装でアルバムの曲を次々に歌います。

安定した声と動き。どっしりした演奏。曲の多様性も際立ちます。トータス松本の作品が特に良かったです。

途中、キャンディーズ時代に作詞したといって歌った2曲のうちの「アンティック・ドール」もマイナー調のいい曲でした。


「音符の鍵、懐かしいメロディの中に」。後半、「3つの鍵」の朗読からバンドが「春一番」のイントロを奏でたとき、なんとも言えない感動に襲われました。

キャンディーズが活動していたとき、私は小学生でしたから、コンサートに行ったことはありませんが、毎週土曜日の夜8時にテレビに出ていた彼女たちの曲と姿は私の小学生時代の象徴です。その場にいた人と同じように涙が出ました。

「その気にさせないで」「ハートのエースが出てこない」「年下の男の子」。全曲フルコーラスで、キーを変えず、名曲を4曲立て続けに歌いました。松○聖○さんとは違いますね(笑)


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最後に歌ったアルバムからの「女なら」もいい曲でした。あまりに感動して終演後にアルバムを買ってきました。


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本人は覚悟を決めている様子で、これからも音楽活動を続けていくそうです。楽しみです。

ナリキリものまね

10連休のど真ん中の5月1日には東京・神田のライブハウス THE SHOUJIMARUの「爆笑!! ナリキリものまね王座決定戦」に出場しました。


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当日の出演表。私は黒板とひろしで出させていただきました。


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トリの男優さん。どちらかというと植木等のような…。


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優勝は飛び入り出場のタニムラと三輪風の知子にさらわれてしまいました。


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この大会、2回目以降もあるとのこと。記念すべき初回に出場させていただいて光栄でした。早くも次回の構想が浮かんでいます。


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ストーンズ展(ネタバレ注意)

五反田で開催中のローリング・ストーンズ展に行ってきました。


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世界最高のロックバンドの展示会だけあって来場客はまばら(笑)


まずストーンズの今までのライブの場所と数を示す世界地図。グレイトフル・デッドが2350回なのに対し、どれくらいやっているのか興味がありました。2016年のハバナまでで1823回らしいです。おそらく私はそのうち34回。観客は総勢4638万3259人とか。



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個人的に面白いと思ったのは、パリのパテ・マルコーニスタジオでの様子。1978年から83年まで暮らしていたらしいですが、その成果は当時のアルバムに反映されていたかな?


その時代のアルバム、タトゥー・ユーのジャケットのミックの元写真。

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アンダーカバーのジャケットの元写真。


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ストーンズモバイルスタジオの宣伝。この機材で録音した作品で最も有名なのはボブ・マーリーのライブでしょうね。


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「Street Fighting Man」を録音したアナログ機材。


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あとは2005年夏のビガー・バンツアーのリハの曲目リストあたりでしょうか。8月21日、あのボストン・フェンウェイパークでのツアー初日の前にやっていたリハーサルだと思うとゾクゾクしてきます。


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会場を出たところにあるオーディオテクニカのブース。ビールを飲みながらラジカセで聴いたカセットテープのアンダーカバーが最高でした。少しピッチが早いかもしれませんが、カッコよくてビールを何杯も飲んでしまいました。「I Wanna Hold You」はオリジナル盤と歌詞が変わった?


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レッドシューズのバーでは日本のミュージシャンのストーンズ評などが画面で流れていました。感想をたらたら話しているだけのみなと違い、内田裕也の話は具体的で強烈に面白かったです。


こんな話ができる人間になりたいです。うんちくを話す人間にはなりたくない。




50歳


4日は神田のライブハウス、THE SHOUJIMARUのイベント「スナック朱音」に行ってきました。

月に1回のペースで開いているカラオケ大会です。頻繁に足を運んでいますが、おとといは私の誕生日ということで祝って(?)もらいました。


店のスケジュール欄。


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当日の看板。素直にうれしいです。


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私は元カリスマ経営者の釈放姿で。当日の朝に4回目の逮捕をされちゃいましたが。


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人が来なかったらどうしよう、と思っていましたが、19時の開店から続々と来店。スナックの常連客にバンド仲間、神田の飲み友達と多種多様な人に来てもらいました。特にたけこさん、会うのは何年ぶり?


私はゴーンひろみの「誘われてフラメンコ」と「よろしく哀愁」、野口ゴーン郎の「甘い生活」を歌唱。差し入れや贈り物をいただき、宇多田ヒカルの「Travelng」や藤井一子の「チェックポイント」など好きな歌も続々と登場しました。

本編が終わってからは、ウクレレで「お嫁においで」と「悲しき天使」も歌わせていただきました。


ご機嫌なスタッフとお客さん。最高の空間ですね。

またこの店で騒ごう。次は5月1日の令和記念ものまね王座決定戦かな。


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King☆JIRO


2日は近所のバー、manoにKing☆JIROさんのライブを観に行きました。


恐れ多くも、私が日本最高のブルーズマンだと思っている、あこがれのJIROさんの演奏に参加させていただきました。


初めて日本最高のブルーズ「コンクリート流出事件ブルース」をライブで聴いてから何年がたつのでしょうか。こんな日が来るなんて。



1部では「ワンダホーワイフ」、2部では「Hoochie Coochie Man」をご一緒させていただきました。これで私も少しはましなミュージシャンになれたでしょうか。


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ズクナシ

21日は渋谷のクラブクアトロにズクナシのライブを観に行きました。

解散する彼女たちの最後のライブです。


いつまでも続くバンドはないし、本人たちの事情もあるので、自分なりに解散は納得していたつもりですが、今回のライブでこんなに素晴らしいパフォーマンスが見られなくなると思ったらやっぱり寂しいですね。


それくらい今回のライブは良かったです。ブルース・スプリングスティーンの1985年4月の初来日公演やU2の1989年11月の東京でのラブ・カムズ・トゥ・タウン、ローリング・ストーンズの1989年12月の全米ツアー最終公演や翌90年2月の初来日公演、フジロックの初回のレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、2004年のフィッシュのコベントリーなどと並んで、おそらく一生忘れないでしょう。


本当のファンだけが集まった感じの開演前のなんとも言えない雰囲気。2005年のボストンのフェンウェイ・パークでのストーンズのビガー・バン・ツアー初日を思い出しました。


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今まで衣美さんのソウルフルな歌唱とユーモアにどれだけ感心させられたか。相当な準備をしていたのかもしれませんが、今回のライブで如何なく発揮されました。


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このブログを始めたのは、2010年8月の茅ケ崎のエンドレス・サマーというフリーのフェスティバルで彼女たちの演奏を偶然観たからです。あまりに素晴らしい音楽があることを知り、残したかったからです。それ以来、何度、足を運んだでしょうか。


マリコさんが「こんなに来るんならふだんから来いよ」と言ってましたが、私は行ってましたよ(笑)


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会場で売っていたラストアルバム。「Going To A GOGO」「Get Ready」「Sweet Inspirations」「Chain Of Fools」「I'd Rather Go Blind」「Higher And Higher」「Good Lovin'」!!!



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メンバーはそれぞれ活動を続けていくそうですが、寂しさをここに記しておきます。


当日、ユーチュブで生配信されたライブ。





そして当日、終演後に撮影した記念写真。私も映っているはずですが、判別できません…。


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真っ青な空の下と焼けるような砂浜の上。2010年の茅ケ崎で聴いたヒカリアメが忘れられません。

「行こう 行こう あの場所へ」

新年


明けました。


いつものごとく、元旦は実家の近くの高台に行き、富士山を見ました。


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特に今年は好天で、近くにいた人から「駿河湾の向こうに、年に1~2回しか見られない伊豆の島が見える」と教えていただきました。

伊豆半島ではなく、伊豆七島のうちのひとつの島です。


この写真では分かりませんけど。伊豆半島は浮いているように左半分に見えます。


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昨年はかなりの長期間、更新しませんでした。最後の1カ月ほど、なぜか一生懸命書くようになりました。今年はコンスタントに続けられればと思います。

第2回紅白歌合戦

2018年も今日で終わりです。


年の瀬といえば、そう紅白歌合戦。

昨年に続いて東京・神田のライブハウス「THE SHOUJIMARU」の紅白歌合戦に出場させていただきました。


出場前に神田明神で銭形平次の碑にご挨拶。白組の勝利を祈願しました。


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1週間の練習の成果を出しました。


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全30組と衛星中継が2組。オリジナルあり、カバーあり、素人もプロも。そしてなんといってもふだんお店でお会いさせていただく方々との1年の総決算。夢のようなぜいたくな時間を過ごさせていただきました。

信州プロレス


クリスマスイブの12月24日は信州プロレスの長野県上田大会に出場してきました。

上田駅近くの「サントミューゼ」という施設でのクリスマスマッチです。


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私は西荻おざしきプロレス所属として、スティンコと組み、トクホあきら、山本スーザンボイル広吉組と戦いました。

なんと、パートナーのスティンコは1回した出場していないとのこと。疲れましたが、なんとか勝利を収めました。





信州プロレスに出場させていただくのは何年ぶりでしょうか。久しぶりにおじゃまして選手層も試合内容もより充実していました。

今年のポール・マッカートニー

今年も(笑)ポール・マッカートニーが来日しました。次に来るの例の件の雪辱で新しい国立競技場のこけら落としかな、と思っていたのですが。


前回来たのはいつでしたか? 最近、頻度が多いのでよくわかりません。自分のブログで調べたら2017年だったんですね。


また来るの? と苦笑いした人も多いのではないでしょうか。

でも私には中学1年の1982年に「タッグ・オブ・ウォー」と「オール・マイ・ラビング」で人生を変えてくれた特別な人です。行かないというのはあり得ないのです。


東京ドームに2日間行きました。本番を楽しめるように米ツアーのセットを調べずに行ったのですが、これまでの来日とほとんど変わらなかったですね(笑)

そろそろ「Tug Of War」「Take It Away」「Pipes Of Peace」なんかをやってもらいたい、ということもいつも書いている気がします。


都合が悪く、両国国技館には行けませんでした。

今、気づきましたが、今回は写真も撮らなかったようです、私。


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それから1カ月ほどたった12月8日。東京・神田の楽器カフェという所で川柳つくしさんという落語家のロック落語を聞きに行きました。

全3作で「根問い」「ビートルズ先生」「ディーコン」。あたり前ですが、つくしさんは相当なロックファン。50歳だそうで、私と同じ時代に音楽を聴いてきたようです。


ビートルズ先生は替え歌が売りの一つでしたが、判然としない曲が多く(笑) 。でもビートルズへの愛が伝わってきました。


ただ、おっしゃっていたポール単独で初めての日本武道館からファンクラブ企画の客席からの演出がどんどんしょぼくなっている、というのは違う気がします。ファンクラブが勝手にやっていることだし、あんな演出は不要だと思いますから。

私もつくしさん同じで最初の武道館で配られたリストバンドを持っています。開封すらしていません(笑)


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ズクナシ


が解散します。


私がこのブログを始めたきっかけとなったバンドです。素晴らしいソウル、ファンクを聴かせてくれ、できるだけ多くの人に知ってほしいと考えたからです。

2010年8月の茅ケ崎の「エンドレスサマー」というイベントでの初めて観た時のことは忘れません。


結果的に、ですが、音楽だけでなく、ユーモアや活動方針も私の好みでした。どんなバンドも終わりが来るので仕方がないことです。


そんなこともあり、12月22日にHEAVEN青山という場所に、久しぶりに観に行きました。

私は初めて行く場所。ズクナシは2番目の出演でした。


ちょっと閑散とした感じで、こんな感じでやるのかな、と思っていましたが、さずがにズクナシが始まる直前になると人が集まってきました。


私は前回に観た今年の6月の神田と、最初の茅ケ崎を除いてすべてのライブをここで紹介しているはずです。それで数えると、少なくとも18回目。その中でもステージとの近さは1、2を争います。

目の前がズクナシですから。


残念ながらお酒を飲みすぎていたこともあり、あまりステージのことはよく覚えていません(笑)

「ソウルトレイン」「シャイン」「We Sing One Voice」をやったのは覚えていますが、あとは…。解散に関することはあまり言及されなかったように思います。



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すごくブレてます。


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終了後、最新シングル(?)を購入。うっかりして、2月の最終ライブのチケットを買うのを忘れました。


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そういうわけで、アップを怠っていた前回の神田でのライブのもようを。


6月1日、神田のライブハウス「THE SHOJIMARU」の2周年記念にズクナシが出演しました。私がふだん夜の生活の場としている神田にいつか来てほしいと思っていたので、念願がかないました。


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「ソウルトレイン」での恒例の衣美さんの汽車ポッポ。後ろはパーさん。


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時間がたっていることもありますが、こちらも内容はよく覚えていません。


私もズクナシのライブに行く頻度が減っていました。もっとも日程の関係が大きいのですが。


バンドは解散しますが、ここに記録が残せるのは幸運です。あと何回このブログにライブを載せられるでしょうか。

ルイルイ2おわりました

神田界隈で活動する近いバンドの年忘れ発表会「ルイルイ2」が終了しました。

今年も「音ステージ」でした。


ba-ンチャーズ(洋楽・邦楽)
ワン・ウェイ・アウト(ブルース)
神田スワンプユニオン(オリジナル)
デンジャーゾーン(歌謡曲)

の4バンド。私はワン・ウェイ・アウト、スワンプユニオン、デンジャーゾーンに参加させていただきました。


ワン・ウェイ・アウトのセット

1 She Caught The Katy
2 Oh Baby
3 Blues With A Feeling
4 Help Me
5 Hoodooman Blues
6 Just Your Fool
7 Got My Mojo Workin


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他の出演者もそうだと思いますが、本当に楽しかったです。身内でやると気楽でいいですね。

次回もいずれ。

ダイナマイト・キッド

亡くなりました。60歳でした。

タイガーマスクとの試合は日本のプロレスはもちろん、世界のプロレス史に残る金字塔とも言える芸術でした。あのような試合を当たり前のように見ていたのは本当に幸運でした。


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1981年4月23日の蔵前国技館の試合はもちろん覚えています。メーンイベントの猪木対ハンセンも。この時期の新日本プロレスの試合はビデオがなくてもよく覚えています。


おそらくいちばんプロレスが好きだったころだと思います。前の年の5月の焼津スケートセンターで初めてプロレスを観戦しました。第3回MSGシリーズ。猪木対長州、ハンセン対チャボ・ゲレロ、アンドレ・ザ・ジャイアント対剛竜馬。メーンイベントは坂口、小林、藤波対ダスティ・ローデス、ハルク・ホーガン、ティト・サンタナの6人タッグでした。


ダイナマイト・キッドを記憶したのもその年でした。新日本に初参戦した新春黄金シリーズ。ハンセンが猪木に勝ってNWF王座を獲得した歴史的なシリーズでした。でも納得するほどハンセンは強かったのです。


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キッドはNWAジュニアヘビー級王者のスティーブ・カーンの後塵を拝していた印象でしたが、藤波のWWFジュニアへの挑戦権を賭けたスキッピー・ヤングとの一戦(札幌でしたか?確かその日に藤波が勝ってNWAを取ったような)。猪木対ハンセン、藤波対カーンのリマッチがあった東京体育館の翌週に放送された愛知県体育館の藤波とのWWF戦もよく覚えています。キッドはジャパニーズレッグロールで負けました。


早く亡くなったのは後の筋肉増強剤の後遺症が大きかったかもしれませんが、頭をぶつけるダイビング・ヘッド・バットの影響もあったはずです。でもそんなことを顧みずに早世したところは、なぜか忌野清志郎にだぶります。二人とも朴訥とした感じですし。


世の中、もっともらしい話がまかり通りますが、私はプロレスから多くを学びました。今年も多くのレスラーが亡くなりましたが、偉そうなことを言っている人間よりこの人たちが好きです。


ビッグ・バン・ベイダー。1987年12月の悪夢。そして89年の東京ドームをはじめ、新日本プロレス復活期のエース。1988年7月の有明での猪木戦は猪木晩年の素晴らしい試合でした。


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マサ斎藤。ベイダーうを連れてきた時のこともよく覚えています。狼軍団、維新軍、イノキ闘魂ライブ。こんな名シーンは知りませんでした。「半端じゃねえぞ」。この時の天龍もお客さんも凄まじい。






ブルーノ・サンマルチノ。人間発電所はプロレス史に残るニックネームでしょう。1980年10月の蔵前国技館のメーンイベントで見ました。事実上の引退試合でした。


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ディック・スレーター。ファンクス全盛時代の全日本プロレス、1979年のチャンピオン・カーニバルでのブッチャーとの抗争がいちばん印象に残っています。


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ドン・レオ・ジョナサン。人間台風も発電所と並ぶニックネーム。決め技は人類史上に残るハイジャックバックブリーカーです。


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ニコリ・ボルコフ。新日本プロレス成長期の脇を固めた外人という印象。クリス・マルコフ、イワン・コロフとロシアの人はこういう感じの名前が多いのだと世界を気づかせてくれました。確か、私が大好きだったダスティ・ローデスが新日本に初参加した1979年の闘魂シリーズに一緒にいたような気がします。


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人間というものを教えてくれた素晴らしいレスラーたちに感謝します。