ビー・マイ・ベイビーの子どもたち②

「Be My Baby」を大ヒットさせたフィル・スペクターは渾身のクリスマスアルバム「A Christmas Gift For You From Phil Spector」を発表しましたが、発売日はケネディ大統領が暗殺された1963年11月22日。フィルの判断でアルバムは回収したそうです。


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アルバムを代表する傑作オリジナル曲、ダーレン・ラブの「Chiristmas Baby Please Come Home」は、私はU2のカバーで知りました。





クリスマスが明けた1964年1月、フィルはロネッツを連れてイギリスツアーに出ました。ローリング・ストーンズを前座とするパッケージツアー。ストーンズはまだシングル2枚「Come On」(チャック・ベリー)と「I Wanna Be Your Man」(レノン・マッカートニー)を出しただけ。


ツアーの告知ポスターには「FROM AMERICA " BE MY MABY"」と。

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渡英中の1月、フィル・スペクターはロンドンでストーンズの3作目のシングル「Not Fade Away」(バディ・ホリー)の録音にマラカスで参加していたんですね。実際はマラカスではなく、コニャックの空のボトルに50セントのコインを入れて振っていたと(!)

当時のイギリスはビートルズの人気が爆発したころ。ロンドンではジョン、ジョージ、リンゴがロネッツやフィル・スペクターを案内したそうです。

そのビートルズが1964年2月7日、アメリカに初上陸した歴史的な日。ロンドンからの飛行機にツアーを終えて帰国するフィル・スペクターが同乗していたなんて知りませんでした。なんでもフィルは別の便をキャンセルしてビートルズと同じ便にしたとのこと。なぜでしょう、フィルの意思なのかビートルズの要請なのか。


音楽史上というか世界史上に残るあの歴史的な場面。確かにフィル・スペクターも映っています。


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ポールはその機内でフィルにこう言ったそうです。

"Since America has always had everything, why should we be over there making money? They've got their own groups. What are we going to give them that they don't already have?"

うまく訳せないのですが、「アメリカにはすべてがあるのに、自分たちは必要とされるだろうか?」という感じでしょうか。初めて訪れるアメリカに向かう機内。アメリカの大物プロデューサーのフィルが一緒にいてくれて心強かったでしょうね。


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着陸直後、アメリカを先制攻撃したJFK空港での有名な記者会見。





自ら動向したビートルズを筆頭にブリティッシュインベイジョンの嵐が吹き荒れ、ロックの時代に。ロネッツは1966年のビートルズ最後のツアーに参加した後、解散。フィルのレコード会社「フィレス・レコード」も1969年に解散します。そのころ、収拾がつかない「レット・イット・ビー」の制作のためにイギリスに呼ばれたのをきっかけにジョン・レノンやジョージ・ハリスンのアルバムづくりに参加していきます。


ビートルズの関係ではジョンの「Power To The People」「Happy Christmas(War Is Over)」が印象的です。Happy Christmasってパリス・シスターズというグループの「I Love How You Love Me」(1961年)がモチーフになっているとか。なんとそのI Love How You Love Meもフィル・スペクターのプロデュース(!)確かに出だしのメロディーが似ているような。





ジョン・レノンの「Love」のピアノはジョンが弾いているものと思っていましたが、フィル・スペクターだったんですね。





ビートルズやストーンズに合う直前にフィル・スペクターが回収したクリスマスアルバムは1972年にビートルズのアップルレコードから再発売され、評価を得ました。


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出会ってから43年後の2007年、キース・リチャーズがロックンロールの殿堂入りしたロネッツを紹介しました。キースは「彼女たちの歌は音の壁を突き破って心に触った。今もそうだ」。フィルが殿堂の理事をしていたせいでロネッツは殿堂に入るのが遅れたとか。フィルとロニーの関係もありますが、フィルへの敬意もにじみます。





ちなみに1991年の式典でのフィルの様子。アイク&ティナ・ターナーを紹介しています。この動画では普通人っぽいです。





ロネッツは2007年の式典で歌います。最後に姉のエステルも現れ、オリジナルの3人がそろいます。私にはこのステージのすばらしさを表現する能力がありません。





最後に、亡くなったフィル・スペクターにロニーが捧げた言葉を。


I still smile whenever I hear the music we made together, and always will. The music will be forever.


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